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馬の病気:下顎短小症

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下顎短小症(Mandibular brachygnathism)について。

下顎の前端が上顎の前端よりも後方に位置して、上下の切歯の咬合異常(Incisor malocclusion)を起こす疾患で、オウム口(Parrot mouth)、上顎突出(Overshot maxilla)、オーバーバイト(Overbite)などの病名が用いられる場合もあります。馬における下顎短小症の罹患率は2~5%で、この病態は幾つかの異なった機序で発症することから、下顎が短すぎるのか上顎が長すぎるのかを明確に定義するのは難しい症例もあります。

子馬において見られる下顎短小症の病因としては、起立時に上唇軟部組織(Upper lip soft tissue)が重力によって垂れ下がることで前顎骨(Premaxilla)および上顎切歯(Upper incisor)が僅かに下方に傾き、下顎切歯(Lower incissor)との咬み合わせが不整合を起こして、徐々に上顎切歯の後端と下顎切歯の前端が集中的に磨耗してオーバーバイトに至り、その結果、成長に伴う下顎の正常な伸長が妨げられることが挙げられています。また、下顎骨の圧迫骨折(Compression fracture)や全身性疾患(Systemic illness)から、下顎骨の成長遅延が起こることも病因になりうると考えられています。

さらに、子馬の下顎短小症には遺伝性素因(Genetic predisposition)も関与すると考えられており、下顎短小症を起こす特定の遺伝子が存在すると言うよりも、頭部形態(Head conformation)が大きく異なる母馬と父馬(一頭が細長い顎形で、もう一頭が幅広く鼻の短い顎形であった場合など)が交配することで、生まれつきの長さや成長速度が上顎と下顎でうまく合わず、上下切歯の咬合異常が発症し易くなるという仮説が成されています。このため、子馬が下顎短小症だったからと言って、その牝馬や牡馬を繁殖使用するのを控える必要はないと考えられますが、下顎短小症の子馬が生まれた牝馬と牡馬の組み合わせは、その後の繁殖には推奨するべきではない、という提唱もあります。

一方、子馬の時には正常な歯並びで、若齢馬~成馬になってから下顎短小症を生じる病因としては、定期的な歯科ケアが行われず、上顎第二前臼歯(Second upper premolar teeth: 106, 206)の前端と下顎第三後臼歯(Third lower molar teeth: 311, 411)の後端に鉤(Hooks)が伸びてしまい、咀嚼時に上顎が前方に、下顎が後方に押し出される力が生じて、徐々に下顎短小、および上顎過長、そして切歯の咬合異常に至ることが挙げられています。

子馬における下顎短小症の治療法としては、上顎と下顎のズレが5mm以内で、上下切歯の咬合面同士の接触が維持されている場合には、上顎歯咬合ワイヤー(Occlusal wiring of upper teeth)を装着することで、成長に伴う上顎の伸長を遅延させ、下顎の成長に追いつかせる療法が有効です。上顎と下顎のズレが大きく、上顎切歯が完全に下顎切歯の前方に位置して、上下切歯の咬合面同士の接触が無くなっている症例では、上顎歯咬合ワイヤーの装着による上顎伸長の遅延に併行して、金属板を上顎切歯に装着して咬合面を後方に伸ばすことで、上下切歯の段違いが下顎伸長を妨げないようにする手法が用いられます。これらの矯正法は、三ヶ月齢前後で実施した場合に最も効果が高いものの、八ヶ月齢までの子馬に対しても有効である事が示されています。

下顎の成長が終了してしまった成馬における下顎短小症では、外科的な根治療法は困難であるため、定期的な歯科ケアによる管理法(Periodic dental management)の徹底が唯一の治療方針となります。下顎短小症を有する成馬では、正常馬よりも頻繁な歯科ケアを実施して、上顎第二前臼歯と下顎第三後臼歯に生じる鉤を削り、上下切歯の段違いが起きてしまっている個体では、切歯の自然磨耗が起こらないため、これらの上下切歯の充分な鑢掛けも行われます。

下顎短小症の逆で、下顎の前端が上顎の前端よりも前方に位置している病態は、下顎前突症(Mandibular prognathism)、サル口(Monkey mouth)、上顎後突(Undershot maxilla)、ブタ口(Sow mouth)、アンダーバイト(Underbite)などの病名で呼ばれます。下顎前突症は、特にミニチュアホースでの発症が多いことが知られており、その病因としては主に遺伝的素因が関与すると考えられています。下顎前突症の治療としては、上述のような外科的矯正法が応用される症例は稀で、通常は上顎第三後臼歯(Third upper molar teeth: 111, 211)の後端と下顎第二前臼歯(Second lower premolar teeth: 306, 406)の前端に生じる鉤、および上下切歯の鑢掛けを行うという、定期的な歯科管理による治療が選択されます。

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