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手洗いの思い出

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馬の手術のため手洗いをする時には、渡米当時のことが思い出されます。「手洗い」が私を救ってくれたあの日のことを。

アメリカの獣医大学病院で研修を始めて、ほんの二ヶ月目だった私は、馬の内科の診療チームに所属していました。ネイティブの英語を聞き取るのがやっとの状態だった私は、自分の意思を伝えるのにも四苦八苦するという毎日でした。そんなある日、ウォブラー症候群で来院してきた馬の外科手術が行われることになりました。頚椎不安定症(Cervical vertebral instability)という診断が下されたこの症例では、頚椎間を腹側面から不動化(Ventral stabilization)させる手術を施すことで、脊髄圧迫を防いで、神経症状の改善が期待できると考えられました。これは、アメリカでもほんの数箇所の大病院でしか行っていない、大掛かりな治療法であるため、こんな手術を一目見られるだけでも良い経験になるなぁ、と思っていました。

ところが、手術当日の朝、当時の馬の部門のヘッドであり、この手術の担当術者の一人でもあったReed先生が、「滅多に見られない治療だ。折角だから助手として手術に入ってみるか?」と声を掛けてくれたのです。手術室の隅っこからそっと見学させてもらうつもりだったのが、実際に術者として手術に携われることになったのです。内心は飛び上がるほど嬉しい気持ちで一杯でしたが、それも片言の言葉でしか伝えられないほど、当時の私の英会話は最低レベルでした。

患馬は正常に麻酔導入され、滞りなく起重機で手術台に乗せられ、術創の消毒が始まったところで、私とReed先生、もう一人の助手の研修医、そしてメインの執刀医である馬外科教授のRobertson先生の計四人で、術前の手洗いが始まりました。このRobertson先生というのが、普段から無口でいかにも職人肌の外科医という感じで、故・手塚治さんの漫画に出てくる“ブラックジャック”を彷彿とさせる雰囲気をかもしだしていました。以前には、他の研修医が、手術中にRobertson先生の尋ねた質問に答えられず、こっぴどく叱責されている現場を見た事もありました。

これは手術中には絶対に失敗できないな、と少し緊張気味だったのですが、いざ始まってみると、Robertson先生は親切に術式を説明してくれて、手術は順調に進行していきました。大きな馬の首を真っ二つに切開し、無数の筋肉をかき分けながら頚椎まで到達し、工事現場で見るような大型のドリルで椎体に穴を開けて、湯飲みのような巨大な金属製の籠を埋め込むというこの手術は、馬に対して実施される手術法のなかでも、最も劇的なものの一つであると言えます。Robertson先生のメスさばきは、まさに漫画のブラックジャックのように正確かつ高速で、この大手術をたった45分で終了させてしまったその腕前には、完全に圧倒されてしまいました。患馬は麻酔覚醒もスムーズで、無事に手術を終了することができました。

翌朝、入院厩舎で投薬を行っていると、Reed先生がやってきて、「昨日の手術の後、Robertsonと話をしたら、お前の手洗いの仕方がキチンとしていたと褒めていたぞ。」と教えて頂きました。詳しく聞いてみると、実は手術前にRobertson先生は、「英語もロクに話せない日本人なんかを手術に入らせて、脊髄を傷つけられでもしたらたまらない」と思い、私を助手から外すつもりだったのだそうです。しかし、術前の手洗いの作法をじっくりと観察して、「コイツ、言葉は話せないが、一応まともな外科手術の技術を習得しているな」と考え直してくれたのだそうです。当時の私は日本の獣医大学を卒業して半年も経っておらず、もちろん、一人前の外科医の腕などまったく無かったのです。でも、手洗いの方法だけはシッカリと身につけている事ができたのには理由がありました。

私が母校の獣医大学では、四年生のときに外科実習があるのですが、手術準備の授業を担当する外科教授の先生は、とても厳しいことで有名でした。実習学生は数人の班に分かれ、その先生がマスクの下から目を光らせるなか、麻酔のかけ方に始まり、術創の消毒やドレープの仕方などを実技していくのですが、最大の難関は何と言っても「手洗い」のやり方でした。その手順を一つでもミスすれば、すぐさま大声で叱責され、並んでいる班の一番後ろに回されてしまいます。もちろん、一回で終わる班など皆無で、何回も何回もやり直しをさせられ、午後一番で始まったハズの実習が、夜中の二時・三時まで終わらないなどという事はザラにありました。受講している私たち学生も、正直疲れきってウンザリしていて、後からその先生の愚痴をこぼす事も多々あったのを覚えています。

でも、今思えばその外科教授の先生には、お礼の言葉も出てこないほど、感謝の気持ちで一杯です。厳しく教えて頂いたからこそ、外科技術の基礎の基礎をシッカリと身につけることができたのですから。

確かに当時としては、「とんでもない深夜まで居残りをさせられた」というのが率直な心境でしたが、夜中の二時・三時まで残って、付きっ切りで教えてくれたのは、その先生に他なりません。外科の教授ともなれば、毎日ご多忙だったであろうと思いますし、別に深夜まで教えたからといって、そのぶん給料が増えるわけでもありません。むしろ、貴重な時間を割いたことによる代償は、学生達に嫌われる事だけだったのは、充分にご承知であったろうと思います。しかし、それにも関わらず、卒業していく獣医学部の学生達のためを思い、心を鬼にして徹底的に基本技術を叩き込んでくれたのです。世界中でもこんなに素晴らしい獣医学の教育をして頂ける外科の講義は、他に存在しないのではないかと思います。

私の例で言えば、その先生の授けてくれた手洗いの技術が、海を渡ったアメリカの地で、米国人獣医師の目に留まり、そのお陰で、手術から追い出されることなく、助手の一人として快く受け入れてもらえたのです。

母校の卒業生の皆様のなかでも、年月を経てから同じように、手洗い技術という「お金に変えられない財産」のありがたさを実感し、感謝の気持ちを抱いている先輩方は、たくさんいるであろう事は想像に難くありません。手洗いは外科学の基礎にとどまらず、「外科医の国際言語」とも呼べるものなのですから。

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