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叩けよ、さらば開かれん!

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米国のある大動物病院で研修医をしていた頃の話です。救急医療の当番だったある夜、一頭の疝痛馬が来院して来ました。

患馬は十歳のダッチブレッド。疝痛は数時間ほどの経過で、紹介獣医師がバナミン注射と経鼻カテーテルで胃除圧を行った後、輸送してきたとのことでした。患馬を連れてきたのは、馬主さんとその娘さんのようでしたが、馬主さんは年配で強面の典型的なアメリカの牧場主といった感じで、南部なまりの英語のため話がうまく通じず、「何だ、この東洋人は?本当に馬を診れるのか?」といった感じの目で見られてしまいました。

患馬の疼痛症状は軽度で、カテーテルからの胃液排出も微量、腹部聴診も腹水検査も正常範囲内であり、血液検査も軽度の脱水を示すだけでした。枠場内では鎮静してから直腸検査しましたが、小腸、大結腸、盲腸のいずれも正常な感触でした。腹部超音波検査においても、小腸の異常所見は見受けられません。おそらく過食による胃拡張が無事に排出されたのか、直腸検査で触診できない位置の大結腸便秘か、いずれにしても大事に至る疝痛ではなく、数日の入院で治りそうである旨を伝えました。初診時には治療費の見積もりもするのですが、内科治療だけなら一日$200~$300程度だと考え、総額$500ぐらいだという話をして、その馬主さんと娘さんは帰られました。

ところが、翌朝から始まったのが凄まじい量の胃液排出。経鼻カテーテルで抜いても抜いても、どんどん胃から溢れてきて、脱水症状も悪化していきます。そう、この馬は「近位小腸炎」という多量の消化液と浸出液が胃へ逆流する疾患だったのです。どうやら紹介獣医師が留置した経鼻カテーテルに栓をするのを忘れたため、輸送中に自発性に胃液排出が起き、初診時には胃の膨満が顕著ではなく、また超音波検査でも消化液で充満した部分の小腸を見落としたようでした。近位小腸炎は胃の除圧後に抑鬱症状を呈しますが、こちらも直腸検査のために使った鎮静剤が少し多めであったので鑑別できませんでした。しかたなく馬主さんに電話して、経過が長引きそうである事を伝えたのですが、電話越しではさらに英語がうまく通じず苛立たせてしまった上に、「数日で治ると言ったじゃないか!」と具合にカンカンな様子で、平謝りに電話を切りました。

治療では、なにぶん経口補液が出来ないため、経静脈補液で脱水の改善を試みますが、血管に入れた分だけ胃から逆流することの繰り返しで症状はいっこうに快方に向かいません。そのうえ、摂食も出来ないので栄養補給のためのブドウ糖注射をしたり、二次感染予防のための抗生物質投与などもしていたら、治療費がドンドンかさんでいきます。そう、近位小腸炎は一般的に、飼主への経済的負担がとても高い疾患なので、初診時にキチンと話をしておかなければならなかったのです。入院三日目になって、馬主さんと娘さんと奥さんも一緒にお見舞いに来られたのですが、患馬の経過が思わしくない上、治療費が見積もりよりも大幅に高くなるかもしれない旨を伝えると、また馬主さんは激怒。挨拶もそこそこに怒って帰って行ってしまいました。

さらに具合が悪いことに、入院から一週間が経つころ、患馬は蹄葉炎を続発してしまいました。近位小腸炎の症例では、頻繁に見られる合併症です。仕方なくまた馬主さんに電話を掛け、例え疝痛が完治しても蹄葉炎の度合いによっては、競技馬としては復帰できないかもしれない事を連絡しました。馬主さん自身はもう電話にも出てくれませんでしたが、奥さんのお話では、馬主さんの娘さんはその馬で障害の競技会に参加するのを楽しみにしていたそうで、とても残念だという事情を話して下さいました。数日後に、今度は娘さんが一人でお見舞いに来られたのですが、患馬の顔を撫でながら、もう二度と障害飛越が出来ないかもしれないという現実を前に、とても悲しそうな顔をしていました。こちらも掛ける言葉が思い浮かばず、まだまだ臨床獣医師として勉強が足らないな、と自分の無力さが情けなく悔しい気持ちで一杯でした。

でも人生悪いことばかりじゃありません。入院から二週間が経つころ、患馬の脱水症状はようやく改善し始め、消化液の逆流も止まり、食欲も徐々に戻ってきました。毎日数時間おきに胃液を抜いて、補液と内科的治療を続けたのが奏功したようでした。お見舞いに訪れた、馬主さんの娘さんと奥さんは、持参した人参を美味しそうに食べる事が出来るようになった愛馬を見て、とても嬉しそうでした。その笑顔が見ただけで、毎日、早朝から深夜まで治療に取り組んできた日々が報われた気がしました。

そして入院から三週間目。疝痛症状はほぼ完治し、ついに無事に退院できる日がやってきました。残念ながら両前肢にシンカー型蹄葉炎を続発したため、競技馬としては引退することになってしまいましたが、これからは繁殖馬、および、トレイルライディング用馬として飼養されるとのことでした。輸送の当日、娘さんと奥さんは大変幸せそうで、愛馬がよくなった事をとても喜んでいました。

書類手続きが終わり、馬運車に患馬を積み終わった後、運転席からあの怖い馬主さんが降りて来ました。怒鳴られるか殴られるかと覚悟を決めたのですが、意外にも馬主さんはガッチリと握手をしてくれて、「私達の馬を一生懸命に治療してくれてありがとう。あなたは素晴らしい仕事をした。私達はあなたに会えて幸せだった。」と言ってくれたのです。英語でのコミュニケーションは完璧には出来なくても、一生懸命に馬のために尽くす気持ちはチャンと理解してもらえたのです。その言葉だけで、本当に胸が一杯になりました。そして奥さんも、「今日この馬と一緒に帰宅できるのはあなたのお陰。とてもありがとう。あなたの事は一生忘れません。これからもしっかり勉強して素晴らしい馬の獣医になってね。」と励ましてくれました。もう嬉しくて涙が止まりませんでした。

生きてて良かった。アメリカに来て良かった。諦めずに頑張ってきて良かった。と、心底思いました。神様は頑張っている人を見捨てたりしない。どんな雨空も、必ず晴れて虹が見られる時が来るんです。

その後、馬の診療部門のヘッドである外科の先生からも、「Great job!」と声を掛けてくれました。普段は寡黙で厳しい表情の多い先生なので、その短い言葉にとても感激しました。さらに患馬の治療にアドバイスをして頂いた内科の先生にも、「あなたの馬診療に取り組む姿勢には感動しました。あなたがこの病院の一員であることを誇りに思います。素晴らしい仕事をしましたね。」と言って頂いて、また嬉し涙があふれてきました。こんなに優しい人達に囲まれて、こんなに素晴らしい病院で仕事が出来て、こんなに幸せなことはない、と心の底から感動した、アメリカでのかけがえの無い思い出です。

やっぱり実力が無い者は努力しかないんです。そして完全実力主義だと思っていたアメリカでも、そんなひたむきに努力する姿はチャンと見てくれているのです。

よくアメリカ留学に関して問い合わせを頂くときに、「英語が苦手なのですが留学できますか?」という質問を受けます。本音を言えば、獣医師として留学するのなら英会話はペラペラで当たり前。その上で、獣医学的な知識と技術で勝負できるのが理想なのです。しかし、私が渡米してきた当時も英会話能力はほぼゼロ。日本で受けたTOEFL試験もたったの400点(当時の採点方式で)。だから留学開始当初はとても苦労しました。でも新しい環境に移って、そこで猛勉強しないと追い付けないのは、日本で新しい職場で仕事をする場合も同じではないでしょうか?結局は、逆境にくじけず、自分の目標を達成するための努力を惜しまないこと、これが大事なのだと思います。

だから、留学する時に大切なのは、「叩けよ、さらば開かれん!」と言うことではないかと思います。これは新約聖書にある訓示なのですが、個人的には「情熱を持ってチャレンジすれば、必ず道は開ける!」というふうに解釈して、くじけそうな時でも自分自身を叱咤激励するよう努めています。英語が出来ないなら勉強、獣医用語が出来ないなら勉強、すべてが人生勉強なのですから。

たった一度の限りある人生、扉が開くかどうか心配しながら扉の前で躊躇しているよりも、勇気をふりしぼって叩いてみるべきではないでしょうか?苦しい思いをするかもしれませんし、挫折することもあるかもしれません。でも、人生は成功したから勝ちでもなければ、失敗したから負けでもないと思います。失敗は成功の素、と一生懸命に努力を続けていくプロセスの方が、結果よりもずっと大切なのだと思います。

留学を志す多くの日本人獣医師が、素晴らしい人生経験を積める貴重な機会に巡り合うことを願って止みません。

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プロフィール

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Author:Rowdy Pony
名前: 石原章和
性別: 男性
年齢: 40代
住所: 神奈川県
職業: 獣医師・獣医学博士
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